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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)4834号 判決

原告 不二建物株式会社

被告 原かずゑこと大滝好子 外一名

主文

原告の被告らに対する請求は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告らは各自原告に対し、別紙目録〈省略〉記載の建物を明渡し、且つ、昭和三六年一一月一日以降明渡済に至るまで一月金一二五、〇〇〇円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

(一)  原告は被告大滝に対し、昭和三四年三月一二日その所有の別紙目録記載の建物を賃料一ケ月金五万円、毎月五日当月分前払、光熱、用水費等借主別途負担、期間一五年の約定で賃貸した。

(二)  原告は、昭和三六年夏頃来、別紙目録記載の通称東京電化ビルの他の貸室及び近隣貸室の貸料との均衡、地価の高騰、固定資産税の増額、管理用人件費の増加等の事情から同被告に対し賃料の値上方を交渉し、同年一〇月一九日附書留内容証明郵便により同年一一月分以降の賃料を月額金一二五、〇〇〇円に増額する旨請求し、右意思表示は同年同月二一日同被告に到達した。

(三)  被告大滝は、昭和三六年一一月一四日原告に対し、一一月分の賃料の内入金及び一〇月分光熱用水費等実費として、振出人原芳子、額面金五九、六五一円、振出日同年同月八日支払人霞ケ関信用組合なる小切手一通を交付したので、原告は、同年同月一六日右小切手を支払人に呈示して支払を求めたがこれを拒絶された。

(四)  原告は、同被告に対し、昭和三六年一一月二七日附同月三〇日被告に到達した書留内容証明郵便により前記小切手が不渡となつた事実を告ぐると共に同年一二月五日迄に一一月分の賃料金一二五、〇〇〇円を支払うよう催告した。

(五)  被告大滝は、右期間内に右金員の支払をしないので、原告は昭和三六年一二月一九日附書留内容証明郵便で、同被告に対し、右賃貸借契約を解除する旨通知し、右意思表示は、同年同月二一日同被告に到達したから同日をもつて本件賃貸借契約は解除された。

(六)  前記(五)が認められないとしても、被告大滝は、原告の承諾を得ないで、本件建物の賃借権を訴外田中三郎ないし、被告原商事興業有限会社に譲渡し、又は転貸し、現に、被告会社が使用しているので、原告は、昭和三八年五月一一日附書留内容証明郵便で被告大滝に対し右無断転貸を理由に本件賃貸借契約の解除をなし、右意思表示は、同年五月一四日同被告に到達したから同日をもつて本件賃貸借契約は解除された。

(七)  よつて原告は、被告大滝に対し、賃貸借終了にもとずき、被告原商事興業有限会社に対し、所有権にもとずき、本件建物の明渡を求め、且つ、昭和三六年一一月一日以降明渡済に至るまで、月額金一二五、〇〇〇円の割合による被告大滝に対しては賃料並びに賃料相当額の損害金被告原商事興業有限会社に対しては賃料相当の損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。

と述べ

被告大滝主張の抗弁事実に対し、

(1)  特約違反について。

原告と被告大滝間に賃料について貸主借主協議の上変更する旨の約定があつたことは、認めるがその余は争う。斯る特約は借家法第七条の趣旨から効力がない。

被告大滝は、原告の昭和三六年一〇月一九日附書面による賃料値上の請求に対し、同年一一月一四日これが内金として小切手を原告に交付し、原告より内払の領収証を異議なく受領したのであるから、この時に原告の値上請求を承認したものである。

仮りに右事実が認められなくても、同被告は、同年一一月一〇日附書面で、原告に対し、値上請求を全面的に拒否してきたのであるから、原告と同被告間に、賃料値上についての協議の機会があり、且つ、協議不調に帰した場合に該るから同被告の主張は、失当である。

(2)  過大催告について。

元来過当催告は、家主の本来有する正当な家賃の催告もその中に含まれているのであるから、この正当な家賃の範囲内に於て催告たる効力を有するものであり、従つて借家人は、正当な家賃乃至これと著しい差異なき従前の家賃を弁済提供しなければ遅怠の責を負うことは言うまでもない。たゞ正当家賃と超過額とを併せて提供しなければ受領しない意思と認められるときに、催告が全体として無効となり借家人は遅怠の責を負わないと言うに止まる。原告は値上請求後においても請求額の内入として被告大滝より従前の賃料額の小切手を受領しており、該小切手が不渡となつたればこそ、重ねて昭和三六年一一月二七日附書面をもつて催告に及んだのであつて催告期間内に小切手、即ち従来の賃料支払があれば、必ずしも契約解除に至らなかつたかも知れない。しかるに同被告は、右催告期間内に現実の提供は勿論、言語上の提供すらなかつた。原告は止むなく催告期限を二週間経過した同年一二月一九日附書面で契約を解除したものである。

(3)  権利の濫用について。

被告主張事実は争う、原告は右(1) 、(2) の通りの理由で解除したもので、決してこれが権利濫用というは当らない。

と述べた。

立証〈省略〉

被告ら訴訟代理人は、原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、

答弁として、

請求原因事実のうち、(一)の事実は認める。(二)の事実のうち原告主張の日時その主張のような内容証明郵便が到達したことは認めるがその余の事実は知らない。(三)の事実のうち一一月分賃料の内入金であるという点は否認し、その余の事実は認める。被告は一一月分賃料の支払のため小切手を交付したものである。(四)の事実は認める。(五)の賃貸借契約が解除されたという点を争い、その余の事実は認める。(六)の事実中、原告主張の内容証明郵便が被告にきたことは認めるが、その余の主張事実は否認する。

原告が指摘する田中三郎は営業名義人であり、被告原商事興業有限会社は納税名義人に過ぎず、その営業の実体は、被告大滝であり同被告がその営業のため本件家屋を使用しておるのである。

と述べ、

(1)  抗弁として、原告主張の賃料値上は特約違反であり効力がない。

原告と被告大滝間には、本件賃貸借契約の当初「当分の間、賃料の値上をしない。かりに賃料値上の問題が起つたならば、原告と同被告協議の上納得の行く額で改定する。」との約定があつたが、原告は、右特約を無視して一方的に値上をしたものであり無効である。従つて、この額を支払わなかつたとしても賃貸借契約の解除はできない。

(2)  被告が一一月分賃料を払はないことが解除の原因となるとしても、原告の催告は、過大催告であつて、これを前提とする解除は効力がない。

被告大滝は、前述の通り昭和三六年一一月一四日、一一月分賃料五〇、〇〇〇円と一〇月分諸掛りの合計金五九、六五九円を小切手で原告に交付したところ、原告は一一月分賃料の内払とし受領証を発行した、被告大滝は、賃料値上げを承諾したことになるをおそれて右小切手を不渡にした。従来の賃料五〇、〇〇〇円を支払う意思は十分にあるものである。原告が、値上額でなければ受領しないと言えば、被告大滝は右小切手を持ちかえつた筈である。そうすれば、原告は賃料の受領遅怠になり、被告の不履行はないわけである。然るに原告は依然一二五、〇〇〇円の過大な催告をして、これを払わないからとして解除している。この様な催告は解除の前提として催告の効力がない。

(3)  被告が一一月分の賃料五〇、〇〇〇円を払はなかつたことで、原告の解除権が発生しても、その行使は権利濫用である。

本件建物賃貸借は、当初原告の格別な好意に基づいていたのに、昭和三五年三月頃、被告所有の物品を本件建物裏側階段下空地に、原告方社員の了解を得て一時置いていたところ、原告はこれを理由に裏口を閉鎖し、又被告の営業を税金対策の上から会社組織にしようと思い原告の承諾を求めたところ、原告は一月三、〇〇〇円の賃料の値上を求め、ために被告はこれを断念し、又漸く二年余の努力の結果顧客も固定し、営業らしき営業ができるようになると、一躍二倍半もの値上を請求し、被告の営業を困難ならしめんとしている。被告は従来額の五〇、〇〇〇円の賃料を支払う意思のあることは、前記(2) の通りであり、原告の値上の請求が、約定に反していることは前記(1) の通りである。そして被告は本件賃貸借に際し保証金として金二〇〇万円を原告に渡している。又、本件建物は賃借当時コンクリートの荒壁のみで何の施設もないのに、被告は約二〇〇万円を投じて営業のための施設をしたものである。被告の家賃の支払をしなかつたのはわづか一月である。この様な事情の下に解除権を行使するのは権利の濫用であつて許されない。

と述べた。

立証〈省略〉

理由

一、原告がその所有に係る別紙目録記載の建物を昭和三四年三月一二日被告大滝に対し、原告主張のような条件で賃貸したこと原告が昭和三六年一〇月一九日附書留内容証明郵便で同年一一月以降の賃料を月額金一二五、〇〇〇円に増額する旨請求し、右意思表示は、同年同月二一日同被告に到達したこと、被告大滝が昭和三六年一一月一四日原告に対し、振出人原芳子額面金五九、六五一円振出日同年同月八日支払人霞ケ関信用組合なる小切手一通を交付したこと、右小切手がその支払を拒絶されたこと、原告が同被告に対し、昭和三六年一一月二七日附書留内容証明郵便により右小切手が不渡となつた事実を告ぐるとともに、同年一二月五日までに一一月分の賃料金一二五、〇〇〇円を支払うよう催告し右書面が同年一一月三〇日被告に到達したこと、昭和三六年一二月一九日附書留内容証明郵便で本件賃貸借契約を解除する旨通知し、右意思表示は同年同月二一日被告に到達した事は、当事者間に争いがない。

二、賃料の増額について

(1)  被告等は、本件賃貸借契約には、賃料の値上げは当分しない値上の問題が起きたら原被告協議の上決定する旨の約定があり、原告は協議を経ず一方的に値上げしたから値上げの効力はないと主張するのでこの点を判断する。

賃料の増額を当分しないと言う特約はこの点に関する被告大滝本人尋問の結果は措信できず、その他に之を認めるに足る証拠はない。

賃料を増額する場合、貸主借主協議の上変更することができる旨の約定があつたことは当事者間に争のないところである。原告はこの約定は借家法第七条の趣旨に反するから無効であると主張する、そこで協議の調はないとき賃料の増額ができないかと言うことであるが、この約定は、そう解すべきでなく、協議をつくしても調わないときは貸主としては増額請求を行使できると解すべきである。

只協議をせずに増額請求してもその効力を生じないに過ぎない。即ち協議する間は一方的に増額しない特約とみるべきである従つて借家法第七条に反しないものと解する。

本件について原告の増額請求をする迄の行為をみてみると、成立に争のない甲第七号証、第八号証、乙第七号証、証人長尾悟、同荻津貞則の各証言並びに被告大滝本人尋問の結果を綜合すると、原告の代理人長尾悟は本訴に於ける被告大滝の代理人荻津貞則に対し、昭和三六年九月二二日賃料を一月一二五、〇〇〇円に増額したいが意見を聞きたい旨書面で問合せたところ、荻津貞則は、従来被告大滝の代理をしたことはあるが、賃料のことについては委任をうけていないので、直接本人に話すように、且つ、本人より依頼をうければ交渉に応ずる旨答えた。長尾悟は、昭和三六年一〇月一九日書面で被告大滝に対し、本件ビルの他の貸室及び周辺の賃料価額との均衡、地価の値上り、評価額の増加、監理用人件費の増加等種々の事情が、本件賃貸借契約成立時よりかわつたので賃料を従来のまゝにしていては均衡を失つすることになつたと言うことを理由に同年一一月より月額金一二五、〇〇〇円に増額する旨通知した。これに対し被告大滝はその使用人田浦千鶴子をして、同年一一月一四日一一月分賃料として従前の賃料五〇、〇〇〇円を原告に渡したところ、原告から一一月分賃料の内金として受領する旨の受領証を貰つたことから、同月一五日は被告大滝が賃料値上を承諾していないことを表はすため従前の賃料の倍額以上の増額には応じられない旨の書面を原告に出したことが認められる。

賃料値上げについて右認定事実以外の交渉がもたれたことは、原告の全立証によるも認められない。

成立に争のない乙第七号証に被告大滝本人尋問の結果並びに証人佐藤寛(第一回)の証言を綜合すると被告大滝は、その営業の経理事務を委任している佐藤寛と相談の上、一一月分の賃料は、値上げの問題については、被告大滝の委任した荻津貞則弁護士が原告方と交渉中であるから、取りあえず、従前の賃料五〇、〇〇〇円を支払うこととし、前認定の通り同月一四日小切手にて原告方に持参したところ、原告はこれを一一月分賃料の内入として受領証を被告方に交付した。被告大滝は佐藤寛と相談し、被告が原告の増額請求を認めたことになるをおそれ、直ちに、原告方にこれが返還を求めたところ、これを拒絶されたので、右小切手を不渡にして小切手金の支払をしなかつた。そして前認定の通り翌一五日増額に応じられない旨被告は書面を原告に出したことが認められる。

又被告大滝本人尋問の結果によると、被告大滝は、原告より昭和三六年一一月二七日書面で一一月分賃料一二五、〇〇〇円を一二月五日迄に支払う様催告をうけたが、当時同被告の代理人荻津弁護士が増額について話し合つているものと信じ、従前の賃料五〇、〇〇〇円を供託すれば、原告に対し、話合を拒絶した意味にとられ、話合ができなくなるものとひとり考えて、その事をしなかつたことが認められる。

鑑定人石川市太郎の鑑定の結果によると、本件建物の昭和三六年一一月当時の適正賃料は、一ケ月金六〇、〇〇〇円を相当とすることが認められる。

以上認定事実を彼此綜合してみると、原告の増額請求については、賃貸借契約上定められた増額についての協議をつくしたものとは認められない。従つて増額請求としては効果を発生しないものと認めるべきである。

原告は、被告大滝は十一月賃料の内入の記載ある受領証を異議なく受領したから増額請求を認めたと言うが、これは前認定の通りの事実がある以上この主張事実は当底認められず、その他に原告主張事実を認めるに足る証拠はない。

又原告は、被告大滝は増額請求を全面的に拒否した故、協議の余地なく、斯る場合は、協議は済んだものとして増額請求を認めるべきだと言うが、前認定の如き事実関係では、協議の余地のないものとは認められないので、原告のこの主張は採用できない。

又拒否した後(右拒否の意味は前認定の通りであるが、これを原告の主張する様な拒否とみても)に増額請求した事実はない。

三、催告について

原告より被告大滝に対して一一月分賃料として金一二五、〇〇〇円を同年一二月五日迄に支払うよう催告する書面が到達したことは当事者間に争のないところである。原告は右の催告は金一二五、〇〇〇円の支払催告にならぬとしても、正当賃料(増額請求に対して相当と認められる賃料)若しくは、従前の約定賃料の催告としての意義あるものと主張する。

前記二に於て認定をした事実弁論の全趣旨を綜合すると、右催告は、原告が被告大滝よりきた昭和三六年一一月一五日発送の書面を以て、賃料増額の協議の余地ないものと解して、一一月分の賃料として一二五、〇〇〇円に増額することをあらためて請求したものとも認められる。

然し右催告が賃料の催告としても当裁判所は、前記二に於て認定の通り賃料増額の請求は未だ協議を侭した上のものでないと解する。従つて、賃料増額請求を行使したことを前提としての賃料一二五、〇〇〇円の支払請求は、賃料増額請求が効力がない以上、一二五、〇〇〇円の賃料請求としては根拠のないものになる。又賃料増額請求が効力がない以上、客観的に相当な賃料に増額されることもあり得ないところであるから、増額された相当な賃料の請求ということにもなり得ないわけである。然らば約定による一一月分賃料五〇、〇〇〇円の請求となり得ないかということである。前認定の通り右催告は賃料増額請求の意味にもとり得る。そうとすれば賃料の催告ではない。賃料の催告とすれば、前記各認定事実よりすると一二五、〇〇〇円の支払催告であつて、金五〇、〇〇〇円の支払催告とは認められない。成程原告も主張するように原告が一一月分の賃料内払として金五〇、〇〇〇円を受領したことは当事者間に争のないところであるが、これは被告は一一月分賃料として支払い、原告は一一月分賃料の内払として受領しているのであつて、同じく五〇、〇〇〇円とはいえその意味するところは異るものである。然らば前認定の通り増額請求が効力のない以上、被告が一一月分賃料として提供すればこれが受領を拒絶するは明らかである。又前認定の通り、被告としては、従前の賃料五〇、〇〇〇円を支払う意思はあるものであり、一一月分賃料を内払として受領されたため、支払つた小切手の返還を求め、これを拒絶されたため小切手の支払を不渡にし、荻津貞則の賃料増額請求についての交渉の結果を待つていた失先のことである。

従つて原告の一一月分賃料一二五、〇〇〇円の支払催告は、一一月分の約定賃料五〇、〇〇〇円の支払催告を含むものとは認められない。

四、そうとすれば、原告の求めた期間内に、被告が一一月分の賃料を払はなかつたとしても、催告がないのだから、これを理由に解除することはできない。

五、転貸又は譲渡の有無について、

成立に争のない甲第一五号証、乙第六号証の一、二、証人内藤正洋の証言並びに被告大滝本人尋問の結果により成立の認められる乙第四号証の一乃至四証人内藤正洋、同田中三郎、同佐藤寛の各証言並びに被告大滝本人尋問の結果を綜合すると、つぎの事実が認められる。

被告大滝は、昭和二七、八年頃から日本僑通り三丁目で「ツースリー」という名でバーを経営していたが、同所を昭和三五年三月末日迄に明渡すことになつていた。たまたま、右バーの内部装飾を依頼した内藤正洋から、本件建物を借りないかと言はれ、昭和三四年三月一二日これを借りることになり、右内藤に内部装飾を依頼し、その他什器備品を購入し、約二〇〇万円をこれに費やした。そして「クラブ88」なるバーを開業した。被告大滝はバーを二店経営することになるので、営業許可の申請を容易にすることと、税対策から、知人田中三郎に依頼して営業名義人になつて貰い、同人が営業許可申請をして、「クラブ88」の営業名義人は田中三郎となつた。昭和三五年三月末日で「ツースリー」の営業が廃止され、被告大滝としては「クラブ88」の営業のみとなつた。被告大滝は田中三郎に納税の面で送惑をかけることと税対策上「クラブ88」の営業を会社組織により経営しようと考へ、営業の経理面を担当して貰つていた佐藤寛計理士に相談し、たまたま被告大滝が購入した土地に建物を建て貸室業を営まんとしていたので、目的を土地並に不動産の仲介業、貸ビル並貸室業、飲食業カフエー並にクラブ経営美容並に理容業和洋裁店の経営等とする有限会社を設立することになり、昭和三五年五月頃定款の案を作成し同年一〇月一七日会社を成立させた。出資金はすべて被告大滝に於て出し社員として田中三郎大滝辰蔵(被告大滝の兄)の名を借りている。会社設立後原告に対し営業名義人を会社にすることの了解を求めたところ、原告より昭和三六年三月二日、借主名義を変更するなら敷金並びに家賃の値上を考慮されたいと言はれたため、名義変更を断念し、その後同年六月一七日、被告会社の本店をそれ迄の所在地港区麻布北日ケ窪町二四番より本件建物所在地に移転し、同時に「クラブ88」の営業を被告会社が営んでいることとして納税し、従つて「クラブ88」にある財産即ち什器備品等は被告会社の所有となつていることが認められる。

六、以上認定事実によると、本件建物により営まれている「クラブ88」なるものは終始被告大滝が実質上営んでいるものである。形式的にみれば、営業名義人が田中三郎なり被告会社なりになれば転貸と言い得ることと思うが、建物の使用関係は、終始変はつていない。

(賃借権譲渡の事実については立証がないばかりでなく、成立に争のない乙第八号証によるも被告大滝が賃料を払つていることが認められるので到底この事実は認められない)

右の他被告大滝と田中三郎及び被告会社の関係が前認定の通りである以上、原告はこれを目して賃貸借契約を解除できないと解する。

然らば、原告の本訴請求は、その余の判断をまつまでもなくいづれよりするも理由がないからこれを棄却することし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条の規定を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 岡田辰雄)

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